いまさっき思ったこと

あとで読み返したときになにかが生まれるかもしれないし、生まれないかもしれないけど、それはそれでいい

オウンドメディアをゴミにしないために

ぼくの基本的なスタンスは「オンライン上に公開された情報は、少なすぎるよりは多すぎるほうがいい。ないものはそもそも検索できないから」というものですが、とはいえここ10年くらいの爆発的に増えていくオンライン上の情報量を見ながら「もうこれ以上、ゴミの投棄はやめたほうがいいのではないか」とも思うようになりました。
それもあって長く書いてたブログも閉鎖したくらいです。

最近では「レシピを検索したいならクックパッドを検索からはずす」とか、検索する際に(とくにCGM系の)商業サイトを対象外にするような声も出てきていますが、「多すぎるほうがいい」の結果がいまのような汚染状態を生んでしまったとしたら、残念でなりません。いやほんと人類全体の自業自得って感じで環境問題と変わらない話だと思います。

オウンドメディアもゴミなのか

ここ数年、コンテンツマーケティングの名のもとに(というかSEOの具体的施策として)オウンドメディアの運営に取り組む企業が増えています。
ぼくも立ち上げにかかわったものがたくさんありますし、つい先日はある企業のオウンドメディアにインタビュー記事を載せてもらったばかりですが、このオウンドメディアが「企業が金かけてゴミを量産してる」ことになっていないかは考えたほうがいいと思います。個人のブログならともかく、企業が「とりあえず量」とゴミを排出しつづけるのは大きな問題だと思うのです。

ぼくは個人ブログであろうと企業のオウンドメディアであろうと同人誌みたいなものだと捉えています。それは商業メディアでは扱いにくいニッチなテーマを深く掘ったり、取り上げたりする点で共通しているからです。
同人誌の世界には「需要があるからつくるんじゃない、供給がないからつくるんだ」なんて素敵な言葉もあるそうですが、この「供給がない」というのは広告ビジネスで考えたときに市場が小さすぎるという意味でもありますよね。

だから収益性を無視できる個人ブログだったり、収益源をほかに求められる企業のオウンドメディアが「オンライン上にはこれまで供給がなかった」情報を出していくことはとても素晴らしいことだと思います。
(逆にいうと商業メディアでも読めるような情報や、劣化コピーのような情報しか出せないオウンドメディアならちょっと残念です)

一方で、最近気になるのは多くのオウンドメディアの読みづらさです。
誤字脱字が多い、指示代名詞(これとかそれ)が多すぎる、主語述語の関係性がわかりにくい、などはもう少しなんとかできると思うんですよね。「漢字のひらき」にかんしては複数人で執筆する場合はなかなか統一するのがむずかしいと思いますが、それでもある程度のルールはつくれるでしょうし。

あと企画が甘いというか、構成に芯が通ってない記事もあります。ようは編集が雑ということなのですが、せっかくお金をかけてオウンドメディアをやるのであれば記事を増やすための予算の一部を、記事を読みやすくするために使えばいいのにと思います。
編プロはじめ紙の出版業界は厳しいといわれていますが、そういうところにじつはニーズがあって、まさに「供給がないからつくる」というサービスが出てきたらおもしろいのにな。

おもしろき こともなき世を おもしろく すみなしものは 心なりけり